乳がん告知はスタートライン

切ってしまえば終わりだと軽く考えていた乳がん。乳がん告知はスタートラインにたったにすぎない。その後再発、再々発。ただいまホルモン療法継続中。治療のこと、お金のこと、気の持ち方で大きく変われることなど、私なりに体験したことを書いていくブログです。

乳がん術後の抗がん剤、放射線治療終了から1年4か月が経った今の状況は?

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私は、3度の乳がん手術をしている。

2012年、左右両方に乳がんが見つかり、温存術で手術をした。術後、放射線治療

2014年、左腋窩リンパ節郭清の手術。術後、抗がん剤治療

2017年、左胸側部に乳がん再発、左胸に皮膚がん。術後、抗がん剤、放射線治療。

 

乳がん術後、抗がん剤、放射線治療が終わり、1年4か月が経過した。

今の私の状況を書いてみようと思う。

3か月ごとの検診の結果は、「異常なし」。

血液検査、エコー、触診をしたが、「異常なし」と言われた。

血液検査では、コレステロール値が少し高いと言われたくらいである。

 

乳がんの腫瘍マーカーは安定している。

担当医が変わって3度目の検診。やはりついて行くべきだったか?

担当医の転院で、私は先生の転院先についていかず、今の病院で治療をすることを決めた。

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担当医が変わって3度目の検診だった。1、2度目の担当医が産休に入られたため、3度目の検診はまた先生が変わった。

7年の間、ずっと担当してもらっていた先生には、3度の手術、3か月ごとの検診をしてもらっていたから、何も言わなくても私の病歴や生活環境、性格まで把握してもらっていた。

 

ところが、先生が変わると、当たり前のことではあるが、こちらから言わない話が行違うことが多い。

「手術を3度、抗がん剤治療を2度、放射線治療も2度しています」

すると、カルテを遡って確認し、「そうですね」という具合だ。

血液検査の数値やエコーの画像で診断してもらう分には不安はないが、「私の病歴や生活」などを知ってもらえていないことには、少しの不安が残った。

 

3か月後には、産休明けの先生が戻ってこられる予定である。

産後、4か月で戻ってこられる先生も大変だなと思う。

 

冬に向かう今からがセタフィルレストラダームの本番。皮膚の乾燥対策

2か月前くらいから、乳首と放射線を当てたところに湿疹が出始めた。

私は、もともと超乾燥肌だ。抗がん剤や放射線治療の後の極度な肌の乾燥対策で見つけたのが、「セタフィルレストラダーム」だった。体全身に塗るにはやはりおすすめの保湿クリームだ。

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しかし、湿疹には効かない。

検診の時に、乳首と放射線を掛けた左側部に湿疹が出ていることを先生に言うと

「皮膚がすごく薄くなっているので、下着などで擦られると湿疹になるのです。かゆくても掻かないでくださいね。」と言われ、薬を処方してもらった。

放射線を2度もかけている胸の皮膚にはかなりのダメージがあるそうだ。

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髪の毛は生えたものの、いまもウイッグを活用中!

抗がん剤治療が始まる前に私は理髪店で坊主頭にしてもらった。

そのほうが、抜け落ちる毛髪が部屋中に散らばるのを防ぐためとメンタル的に覚悟を決めるためだ。

1度目の時は抗がん剤終了後、7か月でウイッグを卒業した。

2度目の今回はすでに1年と7か月が過ぎている。髪の毛は生えてきているが、年齢的にも髪の毛が細くなってくる。その上、生え始めた髪の毛は赤ちゃんのような細い毛のために、ペタンコだ。1年過ぎたころにもう一度、バリカンで坊主にした。ウイッグを卒業するまでにはまだ半年は掛かりそうだ。

 

抗がん剤で剥がれた足の親指の爪

「赤い悪魔」と別名のある抗ガン剤投与後、足の親指の爪が剥がれた。

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ガタガタになったすべての爪は元にもどったが、足の親指の爪は1年4か月掛かってなんとか伸びてきたものの、元には戻っていない。

 

手足の指先のしびれは今も続いている

手足の第一関節から先のしびれは今も続いている。

これは、術後5年間飲み続けるホルモン剤の「アリデミックス」の副作用のようだ。

軽くなったのか、慣れてしまったのか、しびれてはいるが、あまり気にならないようになった。

 

私が望んだとおりの「QOL」

3度目の乳がん再発の時に、担当医は、「もうこれを最後にしよう」ということで、術前の予定にはなかった抗がん剤治療をするになった。1度目の抗がん剤よりも強かったために、副作用もいろいろと出た。

放射線は、私が治療後に仕事ができるようにと希望したために、腕が動くようにと照射する範囲を少し減らしてもらった。

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お陰さまで、仕事も制限されることなく、続けることができている。

 

おわりに

このまま、再発・転移がないことを望んではいるが、次は年齢、体力的にいままでのようにはいかなくなるとは思っている。

今回の検診で、新しい担当医も「3度も大変でしたね」と言われ、私の元気な様子を不思議がられた。

自分では手術をするたびに元気になっていると思っているし、周りの人たちからもそう思われている。

3か月検診の結果と今の状況を書いたが、また詳しく書いてみたいと思う。

 

私は、ワクワクすることが好きだ。まだ好奇心も衰えてはいない。

乳がんも含めて、すべてをワクワクしながら過ごしているからかも知れない。

 

何故ならば、私は一人ピンクリボン運動をする「明るい乳がん患者」なのだから!

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

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